ピアサポーターせんず(コラム)
「人前でご飯が食べられなくなった話」
"「会食恐怖症」とは、人前でご飯を食べること(会食行為)に対して耐え難い不安や恐怖を抱き、実際の会食の場面では、吐き気、めまい、胃痛、動悸、嚥下障害、口の乾き、身体(首や手足)の震え、発汗、顔面蒼白、呑気(空気を飲み込んでお腹が張る)、緘黙など、様々な症状となって現れてしまう心の疾患です。
これらの症状の現れ方や程度には大きな個人差があります。 "
山口健太著『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』内外出版社、2018、p20-21より引用
※コラム編集イオ注、嚥下(えんげ・飲み込む事),緘黙(かんもく・話す事が心的要因によってできなくなる事)
私は大学生の頃からこの「会食恐怖症」の症状に悩まされている。
「人前になるとご飯が食べれない」と伝えても、困惑されるか「おかしい人」扱いをされてしまうことが多く、必然的に外食を避けるようになっていった。
家族や親しい間柄の友人の前でも、外食になると症状が出てしまう。
「家では普通に食べれるのに、なんなの?」という父の言葉が頭から離れない。
外食はコミュニケーションの一環でもあり、基本的に「楽しいもの」という考えの人が多く、私のような人間は宇宙人のような存在だろう。
友人の結婚式の時、案の定食べれなくなり、テーブルの上にどんどんお皿がたまっていくのを同じテーブルについている人たちは怪訝な表情をし、ホテルスタッフは困惑と苛立ちの表情をしていた。
食べれないので下げてほしいと伝えても「何も手を付けていないものを下げるのはちょっと…」と断られてしまい、泣きそうになりながら申し訳程度に料理に口を付け、吐き気と胃痛、身体の震えと惨めさ、悲しさを感じていた。
本当につらかった。
自分がおかしいんだ。
食事をすると私は他の人を不快にさせてしまう。
「常に人に見られているという意識を持て。特に女は。」
父の言葉が呪いのようにまとわりつく。
父は私に面と向かって諭したり、叱ったりはしない。
ビール片手にTVを見ながら、独り言のように言う。
私と二人きりの時に。
罵倒されたり、説教されたわけでもない。
でも私にとって大きすぎる存在の父からの言葉は、父が思っていた以上に私に影響を与えたのである。
箸の持ち方、一口の大きさ、所作、振る舞い、他者からの目線
店の中の人間の視線が全て自分に集中しているように感じ、目の前にいる友人たちに「どう思われているのか。不快にさせてないだろうか」という自責の念が膨らみ続けた。
スイーツなどの軽いものならきっと…という願いもむなしく、吐き気とめまいが襲ってきてギブアップ。
もう外食はしない。したくない、怖い。
人を不快にさせるくらいならもう二度と外食しないし、してはいけないんだ。
外食を避け続けていく数年。
メンタルクライシスを経て、病院のデイケアに通い始め、認知行動療法を受け始めた。
そこで会食恐怖についての症状を吐露し、初めて「おかしい人」扱いをされることなく、私の困りごとに対し、色々とコーピングを出してくれた。
コーピング実践も兼ねて、外食の練習してみようかな。まずは飲み物だけとか。
そう思っていた矢先、コロナ禍到来。
結局練習はできず、何年も過ぎていった。
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