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ピアサポーター・イオ

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 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅3-2と締めの文。 前提として、イオは以下略 飛行機に乗る少し前、まきまきが今疲れを感じた!といった様な事を仰った。 それを聞いて、普段のRCでも時間を見つけては準備から一生懸命に取り組み、実施の数日もニコニコ笑顔だけどきっと必死でやり遂げ、全日程終わった段階で、疲れたー!!と感じているのかなと私は思った。 帰りの飛行機の中でも色んな事を話して、3日間一緒に行動させてもらって、ほんの少しだけまきまきの深いところを知れた気がした。去年まではRC実施者と参加者、今年からはコアメンバーとしての関係だったけど、改めてちゃんと?ピアになりたいなぁと感じた。 話していたら飛行機が着陸、飛行機から出る前まで話していた記憶。 中土佐が企画して実現した、龍馬空港の荷物受け取りレーンの巨大タタキの模型は見れんかった、多分レーン改修中だった為。ちょっと残念。 父と合流、まきまきと帰ってきたぞー!な写真を撮ってもらう、最後まで楽しい。 まきまきと解散して父の運転で帰る道中、頭がほわーんとしてた、イッツ夢見心地。身体は疲れ切ってたけど、本当にあの時手を挙げて良かったなぁとしみじみ。 ここから余談 私が住んでいる中土佐から空港までは遠く、車で1時間以上かかる。なのでその周辺には滅多に行かないが、父が見たい景色があると海沿いの道を通って帰った。 その景色がこれである 美しい…そして本当に島が無いな(瀬戸内の友人が、高知で海を見たら島が無い!と感動していた事があった)と、父に話したら「見えてないだけでアメリカがこの先に…」そうじゃない、そうじゃないよパパん。我が家はこういう事実と冗談を組み合わせた事を言う家庭です。 閑話休題。 その後無事帰りつき、今回の私の東京旅は幕を閉じました。 全編更新に20日ほどかかった今回の番外編、いかがでしたでしょうか? 個人のfacebookでも書いたのですが、文化祭後からしばらく頭の中から文章が溢れ出て止まらなくなったので、書き始めたのがこの番外編連載のキッカケでした。 今は少し落ち着いてきて文章の溢れ出しは止まってきているけど、毎日何かを考えてる状態で少し頭が重いですが、それだけまた何か私の中で色々な事が変わってきているのかな?と良い方向に考えてます。 来年度もリカバリーカレ...

ピアサポーター・イオ

 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅3-1 前提として、イオは以下略 前日遅刻した反省を活かし、ホテルに戻ってからは朝すぐに出られる様に準備して就寝。 6時間ほど寝られて、朝6時半起床。 まきまきとのロビーでの待ち合わせまではまだ時間ある、昨日一昨日の事を色々思い出しながらコラム文を書き始めたのはこの辺だった様な。 色々あったなぁ、今日で東京ともまたオサラバかぁ…などと干渉に浸る事もなく、朝から何かにびっくりしたりなんかしたりしてた、この事は後に書くかもしれないし、書かないかもしれない。 さてそろそろ待ち合わせの時間だ、忘れ物は無…寝巻きのパーカー入れるの忘れてるじゃないか…やや無理矢理詰める。 待ち合わせ時間の10分前にはロビーに着いた、まきまきはいない、待とう。 待ち合わせ時間にLINEきた、今度はまきまきが遅刻、散歩していたらしい…パワフルだなぁ、私なんてヘトヘトでもう必要外で歩きたくないでござるよ、と思いながら待つ。 5分遅れくらいだったので、なんのなんのとお互い様で御座いますと、先にチェックアウトを済ませて大きい荷物はロビーに預け、とある方との話合いに出発。 これも元々の予定に入っていた事、だがマジで足が棒。あと頭寒い、帽子… 少しふらついていたので電車の揺れに振られまくる、優先席空いた…座らせてもらう、出先ではヘルプマークつけた方が良いのかなぁ心身不安で身体に力入らない時あるし…なども考えながら、立ちで余裕の表情のまきまきに尊敬の念を覚える。 着いた、話合いのお相手さん居らはった。話合い開始。 RC高知が今これこれこういう状況で、続けていけるかの岐路にある、どう思います?とアドバイスじゃないけど考えを聞いた。 雑談も交えて2時間以上話して、やっぱり形態変えても続けていきたいし、続けていける可能性が少し見えた!という所で話合いは終了。 これも良い時間だった。 さあさ、羽田に向かう時間である、雑談楽しくなっちゃって結構ギリギリめになった。 電車でホテルまで戻り、預け荷物を受け取って、羽田空港へ。 荷物が重いいいいい。 この3日間で腕の疲労はピークに、高知に帰ったら大きめのリュックサックを買う事を決心するイオ。 まきまきが各所にお土産を買う、いつ渡せるかわからないイオは買わない、週末の忘年会で渡せば良かった...

ピアサポーター・イオ

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 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅2-4 前提として、イオは物を失くしたり忘れたり以下略 ヒューマンライブラリーの会場になってた部屋が、文化祭の締めの部屋にもなっていたので続々と集まる他の講座の運営・参加者さん達。 その中でイオが何をしてたか、それは作家名刺配りである。アクセサリー渡した人には作家名刺を渡す様にしてるのに、忘れてた! とりあえず人数分手に取って、あの方どこだー!と見つけては改めてご挨拶しながら名刺を渡してた。 その時突然のぞみんさんから声をかけられた 「各講座から1人1分くらい発表やるらしいんだけど、やってくれない?」 「やります」 無鉄砲なのかはわからん、だが緊張から解放されてた私は無敵だった。返事食い気味だった気がする。 順番回ってきた、いざ人数を見ると緊張するものである。考えている時間も無かったので、ほぼ自分の感想になっていた様な。 それでも頼まれて引き受けてから10分も無く100人前後の前で1人で1分話す、1年半前の私ではとてもじゃないが考えられない事をした。 100人前後を前に内心バックバクだったイオ うっかり左手が後ろにいってる。 話終わって定位置に戻った時の私はまさしく ○|‾‾‾|_ これ。 もしくは orz これ。 一人当たりスペース狭かったから後者が近い気が(無駄にディテールにこだわる) その後、周辺の人と感想とか共有してみる時間があり、うっかり今日が初対面の方々だらけのメンバーさんの中に紛れ込むイオ。 私は気づいたら人の懐にいる様子。 リカバリーストーリーとヒューマンライブラリーの違いについて、違わないという意見もあり理由を聞いたらそれもそうだなと思いつつ、私の考える違いはこう!と話し、短い時間だったけど人によって考え方・物事の捉え方は違うんだなという学びを改めて得られる時間になった。 今回の東京での開催の陣頭指揮をとってくれたRCおおたの山田悠平さん(ゆうへいさん)からの言葉と、同じくおおたのせいけさんから業務連絡?的な言葉があり(この辺疲れてて記憶あやふや)文化祭は無事終了。 原状復帰を手伝おうかと思ったが、すっかりヘトヘトかつ元々筋力ない人間に持てる重さじゃなかった…ので、場にいるだけで過ごさせていただいた。 一般参加の皆さんがお帰りになって、運営メンバーそれぞれから...

ピアサポーターたっくん

たっくんを形どるもの!2 私はWRAPのファシリテーターの資格をとって約6年経ちます。 WRAPファシリテーターになったきっかけは、デイケアで初めてWRAPのクラスに参加した時の ファシリテーターが素敵な方で私もあの人のようになりたいと思ってファシリテーター養成研修 に参加しました。 WRAPファシリテーター養成研修は5日間あります。 よりWRAPを深めるという感じの5日間でしたが、私は4日目に体調を崩して乗り切れるだろうか と思いました。 4日目の朝、研修の場所に着いたときに運営の人に今日は調子が悪いのでやり切れるか分かりません とお伝えしました。 朝のチェックインの時にも私は調子が悪いので最後までできるか分かりませんと言いました。 そうすると同期の皆さんがとても優しくしてくださいました。 午後からは2人1組でファシリテーションをしなければいけませんでした。 で、お昼休みに相方と少しお話をしました。 私の相方は優しくて私の話を一緒に涙を流しながら聞いてくれました。 私たちのパートはクライシスプランでした。 こんなに調子が悪いときにクライシスプランとはと思いましたが相方が明るくやろうと言ってくれたので助かりました。 色んな経験ができたWRAPファシリテーター養成研修。 終わってみて思ったのですが5日間乗り切れたのは 同期の皆んなの優しさがあったからだと思いました。 ファシリテーターの資格をとってからは地域ではワークショップを数回、デイケアでWRAPクラスを 数回やりました。 WRAPファシリテーターは経験とか知識がまだ足りないと思います。 これから色んな人とWRAPを勉強しながら深めていきたいと思います。

ピアサポーターたっくん

編集者より:派遣ピアであるたっくんから、初めての投稿を戴きました!是非ご一読下さい。 ---------------------------- たっくんを形取るもの! 本名 北村元志 呼ばれたい名前:たっくん わたしは小学校低学年からいじめを受けていました。 中学生になると体が大きくなり流石にいじめは減りました。 しかし、わたしはいじめられることでコミュニケーションが取れない状態になっていました。 その中でも自分が困ったことや悩んでいることを相談できないでいました。 このことは大人になってもずっと続いていました。 そんなことが続いていると自分でも理解できないことが起き始めます。 自分では記憶がないのですが、いつの間にか知らない山の中にいる。 でも不思議と不安にはなりませんでした。 それから自○未遂。 28歳の時に精神疾患に罹り、入院しデイケアに通所。 デイケアに通所している時に卓球に誘われました。 わたしは嫌々やっていたのですが次第に卓球にハマっていき、自分で道具一式を揃えて練習するよ うになりました。 その時もやはり誰かに聞くとか自分で勉強するといったことはしませんでした。 デイケアに通所していると作業療法士さんにとある学校で作業療法の生徒さんの前でお話をしてみ ませんかというお話をいただきました。 どれぐらいの期間か忘れましたが、その誘ってくれた作業療法士さんと一緒にパワーポイントでス ライドを作りました。 そして本番当日。 その日緊張していたのかは忘れましたが、約1時間ほど学生さんの前でお話をしました。 それがわたしにとって初めてのリカバリーストーリーの発表でした。 それから色んな出会いが始まりました。 どちらが先だったか忘れましたがWRAPのファシリテーターと高知市と高知県のピアサポーター になりました。 ピアサポーターになったきっかけは同じデイに通所している人から「今こんな活動をしている」 というのを聞いたのがきっかけでした。 自分の経験が誰かのためになるんならわたしもやってみたいなと思ったのです。 WRAPはわたしが通所しているデイケアの作業療法士さんがWRAPっていうものがあるけど北村 さんやってみないと言われたのが始まりでした。 自分が色んな活動をしていく中でたくさんの人と出会ったのが良かったのかかなりコミュニケー ションが取れるようになってきました...

ピアサポーター・イオ

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 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅2-3 前提として、イオは物を失くしたり忘れたり以下略 受付時間始まって、同意書に記入したら、あらすじ紹介の中から読みたい本の付箋を取ってもらい本のいる所に座る。それが今回の着席の流れ。 皆さんも読む機会があるかもしれないので内容は伏せるが、他のお二人の話は打ち合わせの段階で聞いていたものの、直接の読者としても改めて聞いてみたいな…!と思うあらすじと内容。 あらすじ貼ってるホワイトボードが目の前だったので、各本への誘導をほんのりするイオ。 内心はバックバクである。 受付もほぼ終わり、司書せっちゃんによる"ヒューマンライブラリーの起こり"と"何故やるのか"についての説明がある、あのパワポとセリフ借りたいと本気で思うくらいわかり易い。 しかし緊張しすぎて飲食禁止部屋なのを忘れるイオ、喉カラカラでお茶を飲む。すみません工科大さん… 説明も終わっていよいよ本の本番です、語りました。内容は…どこかでまたお話しした時か、今と違う本にしたくなった時に掲載しようかな。と思うのでここでは書きませぬ。 どのタイミングで撮影されていたのか 緊張しすぎて不明な「語るイオ」 質疑応答&感想タイム、私の聞き取りに難があるせいで皆さんに近づいてもらう痛恨のミス!(椅子並べたの自分) でもそれを笑って流してくれる良い人達だった。 色んな質問をされた気がする、引きこもっていた頃の心情の事("みんな"が頑張っている時に自分は出来ていない罪悪感の話をした)、ひきこもっていた頃の行動の事( ケーキ屋事件 を話した)どうやって人に慣れていったのかの事(SNSで繋がりを増やした事、服屋での大激変を話した)など。 ほぼNG無し本なのでどんな質問にも答える、でも言われてみれば自分でもそこ深掘りした事無かったね?な所を質問されて、自分でも改めて考える時間になった、有難い。 色んな感想も貰った、褒める言葉は忘れないイオ() ・自分の出来なさを分析して次に繋げている=賢い人なのかなと思った。(意訳) 初めて言われました賢い、嬉しい。ただ昔からこういう性格だから、あまり実感はない、でも自己肯定感上げてこ☆ ・自分のモデルケースにしたいと思った(意訳) マジデスカ?去年のピア...

ピアサポーター・イオ(コラム)

 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅2-2 前提として、イオは物を失くしたり忘れたり以下略 さて会場のバトンタッチの時間が来た、午前と午後で使える部屋が3つだったので、午前の講座が終わるのと入れ替わりに我々午後の講座が入る。 ヒューマンライブラリー(以下HL)に割り当てられた部屋は2-1でも書いた土足禁止の部屋、大手を振って靴を脱げるので足もと快適。 しかも確か3つの会場の中で一番広い。 本は3冊だが、これだけ広ければ他の声に"聞こえ"を遮られる事も無いだろうという安心感もあった(聞こえているのに聞き取れないAPDの気があります) 今回のHLがどんなものかを説明する資料をクリアファイルに入れて、バインダーに挟み、その場に居る全員に記念?として配布される缶バッジを入れる作業を、同じく本として参加しているユタカさんと一緒に手伝う。 いつも通り一心不乱にやっていたら、ユタカさんが 「なんかコレおかしい」 と気づいた缶バッジ、表面の印刷部分が上手くプレスされて無い物があった、気づかんかった!やはり1人でやるより複数でやった方が気づいてくれる人が誰居るから良いなぁと思いながら、それを一旦袋から外して作業再開。割と早く終わった。 HLでは、話者である本も、聴者である読者も 「同意書」 に同意する必要がある。 ふんふん、と文書の確認をしていたら、先程の上手くプレスされてない缶バッジの話(余った分はメンバー用だった)になり、その辺りは配布分からは外しましたよと言った私はドヤ顔だったかもしれない。手作りならそういうエラー品も仕方ない。 同意書に署名していたら、メディア(福祉新聞とか読売新聞が来てた)のカメラ撮影についての確認もされた、みんな顔写っても良い?の問いかけに イオ 「私は大丈夫でーす」 ゆうこりん 「私も大丈夫ー」 ユタカさん 「僕も大丈夫ー」 なんかカッコいいなみんな、と、言われた気がする。 本には司書がつく、質問&感想タイムでの進行役もあるが、本によって話せる事、話せない事は違う、話せない時に断れるかも違う、話せない質問が飛んできた時など、本である本人に代わって断ってくれるのも司書の役割の一つの様。あと本の体調が悪くなった時の読者への対応とか。 私は 「人生97%NG無し」 を謳っているのと、割と...

ピアサポーター・イオ(コラム)

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  『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅2-1 前提として、イオは物を失くしたり忘れたり以下略 深夜0時、珍しく大きく移動して疲れすぎて眠れないイオ。 それでもなんとか入眠。 起きた、暗い、4:30。 …エネルギー付けるのも考えて何か食べて寝ようと、近くのコンビニへ。 買い込んでホテルに戻り、( '༥'  )ŧ‹”ŧ‹”タイム。 したら寝てた。 そして朝、LINE通話の音で目覚めた。 8:10に合流の予定、今8:13… 寝坊したー!!!!!!!!!! 急いで着替えてロビーへ、まきまきと合流した のも束の間スマホ忘れたー!!!!!!!!! 急いで戻ってスマホを取って再度ロビーへ 笑って許してくれるまきまきの懐の広さよ… 予定より10分以上遅れて出発、いや本当申し訳なかった。 と、その道中で気づいた、帽子がない。 いつからだろう、帽子が無い。 …まあそういう別れのタイミングだったんでしょう!と最近どっかで聞いたような事を言って悩まない事にした。(これは高知帰ってから探す事になる) 会場になっていた東京工科大学さん 旧東京工業大学(現:東京科学大学)と よく間違われるらしい。 大学に着いたらもう皆さん準備に入ってる、いやはや本当申し訳orz と謝るのはここまでにして、私は午後の講座担当だからどこか手伝える所はありますか!と、うろうろ。 受付の動線整理?したり、なんかちょこちょこ手の足りない所のお手伝い。 そして文化祭が開幕した、オープニングでは各カレッジの紹介を1分ほどでやった。 大学に向かう途中、まきまきから「話す事決めてなかった!」と言われ、私も案を少し出しながらまとめて下さって、練習の後本番へ。 カレッジ紹介をする2人。 RC高知のイオです! まきまきです! 次はまきまきが読む部分である、だが一瞬静寂が流れる。 …自己紹介から続けて話すのは大変そうだ、次 は自己紹介の順番変えましょう 。 私が企画立案から微妙な全体ファシリまでをやった 「安心に関心を持とうYO」のタイトルを片手の振り付きで言ったら少し笑っていただけた。 そそくさと戻る二人、本来の戻る方向と真逆に言ってしまう二人。 RC高知は(良い意味で!)行き当たりばったりの人が多いです…良い意味で! 午前の講座の準備があるまきまきとは、ここで一旦解散、...

ピアサポーター・イオ(コラム)

 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅1-3 前提として、イオは物を失くしたり忘れたりする事が多い。 蒲田駅から前日までに必死で調べていた電車に乗り品川駅へ。 中央改札を出ると大きい時計が見えると兄から教えられていたが、注意欠陥のせいか見当たらない、見当たらない。 周りをぐるぐる、時計あった!兄はどこだ! 中央改札を出て2分近く迷っていた気がする。 居た、居たよ、話しかけたらなんかラグがあったから、きっとピンク髪にびっくりしていたのはここのタイミングなのだろう。 5年ぶりに会いました、10以上離れている兄です、昔は怖くも見える顔だったけれど、やはり少し優しい顔になってる。 イオ家はせわしないので、合流してすぐ動く。 事前に言われていた通り駅ビルの中のハンバーグ屋へ、名前は「つばめグリル」。 これが!あの!イオの趣味の一つはクイズであり、たまたまその関係で今年に入って知った店。 しかし東京の土曜の夜、想定していた以上に激混み、カウンター席なら…との声掛けにもさすがにゆっくり食べられないと後送りにしてもらったら、数十分待った。 待ち時間で近況やら親戚の状況やら話題の7割は終わった。 いよいよボックス席?へ案内されてメニューを見る、やばいな…定番はビーフシチュー掛け、横にはデミグラス掛け、ほんのり偏食の気がある私が苦手な組み合わせである、結果和風大根おろしにした。 色々文章では話せない話もした、アレやコレやソレなど。 頼んだもの来た…このハンバーグの横にある大きな丸いものはなんですか?拳大くらいあるふかしたジャガイモが丸々一個乗っていた。美味しいけど豪快やな… ハンバーグ、美味しい、タレ、美味しい、わさび菜、美味しい、ジャガイモ、美味しいけどお腹にくる…。 何の気無しにご飯かパンかでパンにしてた、3枚分くらいの、切れ目を入れたバゲットがパリパリで美味しいけど堅い、顎がやられそう。 根性と勿体無い精神で完食した。 写真撮ろうぜと言ったが場所が悪い、駅に着いてからにしようとなった。 イオ家はせわしない、2人とも食べ終わったらすぐお会計、東京の物価にビビる。 しっかり帰りも何に乗れば良いか調べてきて、それであってるよね?と確認し、改札で解散した。 行く方向違うと指示を出された、時に気づいた、写真撮り忘れた…。 正味2時間もない...

ピアサポーター・イオ(コラム)

 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅1-2 前提として、イオは物を失くしたり忘れたりする事が多い。 電車に乗り、早めにチェックインできるかなーまだ預かりかなーと思いつつ、降車してホテルに到着。 何故かまきまきが慌てている 「時間間違えてた!」 どうやらこの時刻だと荷物預けて今から電車だと勉強会に遅刻するらしい、ごめんなさいまきまき、イオ全然調べてませんでした(´ω`;) という事でタクシーを拾う、たまたますぐ空車が見つかった! そのタクシーの運転手さんも面白かった 少額の端数は「良いよ良いよと断って、カミさんに怒られる」 自分が乗った時はお釣りを「良いよ良いよと断って、カミさんに怒られる」 名前表示も無かったし、個タクならそりゃそうやろなぁ…と思いながら、他の話もして3人大笑いの道中だった。 数分遅れて勉強会に到着、簡単な名前とカレッジの自己紹介中、タイミング的にオーラスになってしまった() でもこれまでオンラインでしか存在を知らなかった方々がリアルに居る!わーい!嬉しい! 今回運営に協力してくれる学生ボランティアさんにいつも通り話しかけるまきまき、フレンドリー過ぎです(褒めてる) 同じテーブルに私が参加するヒューマンライブラリーのメンバーの方々が居た、背後のテーブルにもメンバーの方々が居た、所属カレッジ毎に座ってたはずがヒューマンライブラリー担当メンバーが全員付近に集まってた、たまたまなのかそうでないのかは遅刻していったので謎。 カレッジ紹介を順番にしていった、高知勢、時間管理出来ない、話したい事多い、大幅に時間を使ってしまって申し訳ない( ̄▽ ̄;)けどなんだかそれも笑って済ませてしまってくれるのが、リカバリーカレッジという共通言語を持ってる人達の懐の広さだろうか。有難い。 休憩毎に挨拶をしたり、各地から集まったお土産のお菓子を貰ったり、私は相変わらずアクセサリーを持って行ってたので、出会いの記念にと学ボラさんにプレゼント。 めっちゃ喜んでくださって、明日つけて行きますね!!と言ってくれた、可愛い、嬉しい。 ほぼ予定通りの時間で勉強会が終わり、明日使う部屋の説明を受けて、どういった配置にしよう等ヒューマンライブラリー担当メンバーで打ち合わせをした、改めてこの数ヶ月密に打ち合わせをしていた人達が目の前にいる、感動...

ピアサポーター・イオ(コラム)

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  『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅1-1 前提として、イオは物を無くしたり忘れたりする事が多い。 そんなこんなでオンラインミーティングを重ね、いよいよ当日が迫って来た。 その間もRC高知のコアメンバーとして初夏講座、晩秋講座と動いていた時は実感が湧かなかったが、あと1週間となったら不安と恐怖が少しずつ発動。 だけど!行くんだ!私が行かないと本が一冊減る!それはやばい!みたいなマインドだった気がする。 とにかくまた風邪をひかない生活を心がけ(しょっちゅう風邪ひく)当日朝、健康的に起きられた時にめっちゃ安心した( ̄▽ ̄;) 昨夜のうちに整えておいた荷物に、スマホと充電コードを入れて、完璧だ!と思っていたが、夜になってそれは間違いだったと気づく。 家を出て、父からの最大のサポートである車での送迎で空港へ、土曜日はやはり駐車場が空いてない、荷物を持って途中下車。 予定より少し早く着いたので、お土産を見繕う、夜に兄に5年ぶりに会うのだ。 いつも買っていく定番の飴を…なんか味の種類減ってる…まあ良いか、良い具合に適当である。 まきまきと合流後、父と解散して、さあいよいよ旅が始まる…!(の前に再度お土産見たりしたが) 飛行機も5年ぶり、仕様が、仕様がわからん!…こういう時はその場で聞きゃいいんだな、やはり良い具合に適当である。 手荷物が検査で引っかかる、めっちゃ慌てる、まきまき許してくれる、ありがたい、でも何が! いつも「何か有った時の為に」とペンケースに入れてる小さいカッターが引っかかってた‪(:3_ヽ)_‬忘れてたー!その1 没収かと思ったら、なんか色々書いてある専用の箱に入れて預け荷物に変更してもらえました、JALとかだけなんかな?すごい。新しい知識を得たとまきまき、気持ち救われるイオ。 出発ロビーまでで沢山の「オオタニサン」を見た。ラッピング飛行機まで飛んでるんだ… さてしゅっぱーつ!飛行機に乗り込む、乗り込んですぐの所に飴ちゃんが置いてある、この飴ちゃんが飛行機に乗ったぞ!という気分を実感させてくれるから好きで必ず貰う。見てないまきまき分もで二つ。席についてお渡し。 よくよく考えたら、一人旅じゃない飛行機久々だし、家族以外と乗るの初めて。楽しい。 機内サービスのビーフコンソメスープ美味しい。 飛行機の高度と同じく...

ピアサポーター・イオ(コラム)

 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅ゼロ(東京に行く前までの話) 前置きとして、私はなかなか突飛な行動を取る無鉄砲である。 2023年からリカバリーカレッジ(以下RC)高知に参加する様になって、2024年は元々のコアメンバーだったピアから「ピンチヒッターお願い!」と頼まれ、一つ返事でオッケーした、無鉄砲1である。 RC高知のミーティングに入り何度目かの時、RC文化祭が東京で開催されます、一緒に行く人いませんか?とコアメンバーのまきまきさんから声掛けがあり、文化祭?楽しそう、東京だと?行きたい、で手を挙げる、無鉄砲2である。 その後にRC文化祭とはなんぞやと調べ、これは本当に楽しそうだ…!でも大変そうだ…!ちょっとだけ無鉄砲を後悔していたアホの子。 6月、初めて文化祭のオンラインミーティングに参加した、今回の中心になってくれたRCおおたの、ゆうへいさん、さがらさんは去年の高知の冬講座に講師として来て下さったお二人、知ってる。まきまきも当然知ってる。 他の方々初対面、あわあわする自分。 その日は講座の案出しが有りその中に"ヒューマンライブラリー"が有った、なんぞそれと調べてみた、語る人間を「本」と見立て、聴く人間を「読者」と見立て…ほうほう…語るのは特別得意な訳じゃないが好きなチャレンジの一つだ、やってみたい。手を挙げた。これは無鉄砲ではない。 7月、全体ミーティングの後に講座ごとの個別ミーティングに入った、どうやら私以外はヒューマンライブラリーを既にやっていらっしゃるらしい。 イメージを教えていただいた。みんな良い人だ。 8月、ヒューマンライブラリーのミーティング、パワポで作られたヒューマンライブラリーの説明を丁寧に行なって下さった、やっぱりみんな良い人だ。 同月2回目、メンバーが増えた、役割も決まった、最初の希望通り私は本となる事になった。みんな良い人だ。 それから何度もミーティングを重ね、本としての語る内容の原稿を作ったりした。こんな感じでどうでしょうと聞いてもらうも私はどうしてもコンパクトにまとめてしまう癖がある様で、ゆっくり目に話しても7分(想定10分) なので練習の為にやった擬似ヒューマンライブラリーの中で、メンバーの方から受けた質問への回答などを原稿にプラスして肉付け。 その後も思いつく限り色々増...

ピアサポーター・イオ(コラム)

 『中土佐町からなにか出来れば』4 久々の更新となりますが、放置していた訳ではなく単に体調が悪かっただけという。半年間の3/4くらい風邪引いたりしてた気がする。 今夏からスタッフとして参加していたリカバリーカレッジ高知が、先日行われた晩秋講座を最後に現在の形態での開催を見送る事となりました。 よく考えれば我が家から高知市内までは片道50キロ前後、単純に言えば1日で往復100キロ前後。 リカバリーカレッジ高知は一度の開催で大体4日間、昨年の夏講座からほぼ毎週参加していたので、初夏講座までで約1年間で12回の往復。 私は車などの運転が出来ないので、送迎は父がやってくれています。 よく考えなくても重労働、引き受けてくれてるのが奇跡。 リカバリーカレッジへの参加は中土佐町から何かが出来るのは、父とピア達のサポートがないと、私の頑張りだけでは成立しないものと実感する機会にもなっていました。 これを書き終わるのに時間がかかりすぎて(書き始めたのが11月24日)、色々現状が変わりつつありますが、リカバリーカレッジ高知を継続していきたいという想いはより一層強くなりました。 継続していける様に、頑張り過ぎず、頑張ります。

メイン管理者イオ(コラム)

 『中土佐町から何か出来れば』3 私は現在リカバリーカレッジ夏講座のスタッフとして動かさせてもらっている。 中土佐から高知市内に行き、その日に帰るので身体は多少しんどいが、参加者として居た昨年では見えなかった部分が色々と見えて心はとても楽しい。 勿論楽しいだけでは済まされない事もある、真面目に考えなければいけないこと、しっかりと腰を据えてやらなければいけない事、沢山ある。 だけどその一つ一つを考え、解決するにはどうすれば良いだろう?と能動的に思考する度、ひきこもってるだけだった時には違う自分に出会える、それが光でも闇でも。 言いたい事まとまらない、とにかく良い日々になっています、中土佐町から(市内に行って)何かやってます。 イオ

メイン管理者イオ(コラム)

 『中土佐町から何か出来れば』2 私イオの趣味の範囲は広い。 音楽・お笑い・映画・アニメ・ゲームとサブカルチャーは浅く広く、所々深く狭く。 手仕事(手芸)では レジンから入り、ワイヤーか手芸用ゴム紐と天然石でブレスレットを作ったり、紐編み(マクラメ)などもやっている。 所々深く狭いが、大体は浅く広いこの趣味の広さを以前は器用貧乏的だと感じていてどちらかと言うと短所だと思っていたが、ピアサポーターやボランティアとして動く中で、長所なのでは?と感じ始めている。 最近はめっきりだがニュース番組のスポーツコーナーが好きだった時期があり、今でも各種ワールドカップやオリンピックは観るので思わぬ所でスポーツの話題を振られても反応出来たり、上記にも書いたお笑いは子供の頃から深夜のお笑い番組を見ていた為に少々上の年齢の方とも話せるし、映画に関しては親の影響を受けていて、ハリウッドの名優の事なら80代の方とも話せる可能性すらある。 浅く広い手仕事は状況によって、参加する人によって、予算によって、ではこれをやってみるのはどうでしょう?と投げかけることも出来る。 今年も活かせそうで嬉しい。 年上と話すたびに、本当に平成生まれ?と言われますが本当に平成生まれです。そのうち自分の他の趣味が生まれたきっかけも思い出せたら書きたいな。

メイン管理者イオ(コラム)

『 中土佐町から何か出来れば』 初コラム。 私イオは愛知からのIターン者であり、現在は中土佐町住まいである。 しかも中土佐の中心からも随分離れた所である。 山の方へ少し道を上り田んぼの方へ向くと、深夜に大声出しても誰にも文句言われない僻地である。 こんな僻地から(私は車の運転出来ないので、父のサポートで)ピアサポ研修行って、リカバリーカレッジ夏冬通って、りぐらっぷプレイス(月一の勉強会?)も何度か行って。そんな風に行動していたら、年度が変わらないうちにコーハトーグ運営に誘っていただきました。 しかし中土佐から高知市内へ行くのは決して容易ではない、運転してくれる父の負担も移動費も考えんといかん。しかし父の負担を無くす方向で考えると、徒歩→バス→汽車→路面電車になり片道3時間3千円近くかかる。 コスパもタイパも悪ければ、体力も財布も保たない、なのでミーティングに参加する時などは特にインターネットにとても助けられている。 という訳もあってピアサポート活動の広報にはオンラインも活用して、細々とした報告などもできる公式サイトもあった方が良いと考え、このブログを開設するに至ったのであります。 中土佐からでも出来る事には全力でやります!(体調次第) 平成生まれ♀の文章じゃ無いなこれ。