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永国寺キャンパスはらっぱフェスに参加してきました!(ピアサポ・イオより)

高知県立大学永国寺キャンパスで2026/02/21に開催された「永国寺はらっぱフェス」に、いつもと違う形で参加してきました。 このイベントは今年度の5月からヒューマンライブラリーを核として始まり、私も本としてコアメンバーとして関わらせてもらっているのですが、今回はメンタルが落ち気味だったのもあって本ではなく、新しく実験的に配置されたものづくりスペースに県大の編み物サークルの皆さんと一緒に作る人として参加させて頂きました! 実は?去る2026/02/18には11月のはらっぱフェスやその中に本として参加している当事者を取材した映像が高知放送の夕方のニュース番組にて放送されまして、それを受けての3日後の開催となったのでひょっとしたら参加人数増えるかもねぇと少しワクワクしながらも、私の話聞きにくる人もいるかな?(少しだけ取材対象として映っておりました)とも思いつつ、でも自分労わろうと思って今回は本からは外れて過ごさせてもらったのですが、結果とても楽しかった! 編み物サークルの学生ボランティアさん(以下学ボラさん)お二人と私で受付から一番近い位置で、(私は)のほほんと過ごしていたのですが、私が持ってきてたビーズボールと編みセット(ビーズ・手芸用テグス・ストラップ)に興味津々な学ボラさんから教えて!と熱いラブコール(主観)を受けてまずは簡単な12個の作り方を。 さすが編み物サークルさん、飲み込みが早い、そして楽しんでくれる、こちらも楽しい。 開催時間になって徐々に人が増えてきた、興味持ってこちらを見てくれた皆さんは我々の中心に置かれてる編みぐるみに目を奪われながら、見本作り忘れたー!と即興で作ったビーズボールにも興味を持って下さって、学ボラさん2名と参加者さん1名、計3名に宛てたまさかの30個ビーズボール講座がスタート。 30個は割と初見だと難しくて、数年前に中土佐でのボランティアで一度やった時以来封印してたので、教わる方も教える方もてんやわんや🤣 その間にも続々といらっしゃる参加者様、特に子供達がキラキラした目でコチラを見ている…良いね良いね。 だがなかなか難しい30個、しかもヒューマンライブラリーのタイムキーパーも頼まれた、わちゃわちゃする私😂 それでもお一人ずつ、つまずきポイントを修正させてもらいながら…3名とも出来た!素晴らしい! 最後まで作り終えた皆様のお心が最優...

「ピア交流会(2026冬)に参加してきました!」(ピアサポーター・イオより報告)

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お城のすぐ近くにこんな施設があると 初めて知りました(今回の会場) 2026年1月25日に、高知市の高知人権啓発センターで行われた「ピア交流会」へ参加してきました! 今回は愛媛県は新居浜市のピアサポーターの皆さんとのコラボという事もあり、香川県で活動してるピアや、徳島で活動しているりぐらっぷメンバーも来ていて、誇張なしに四国四県からピア大集合!な会でした。 まずは愛媛の方々からそちらのピアサポーターの派遣についてのご報告がありました。 活動内容のお話をお一人ずつ交代しながらされていたのが印象的、5〜6人話されてたかな? それぞれの方の特色が垣間見えて素敵な発表でした✨ その次にこのブログも込みで私も運営に参加している「ピアサポーター派遣事業」内の「コーハトーグ」の事を報告するため、tomoさんと一緒に2人で登壇致しました。 前日にある程度打ち合わせをしたにも関わらず、登壇するとそれに沿った話ができないのが私。本当にごめんtomoさん。 でもゆるっと始まりゆるっと終わる、この感じがなんとも高知のピアらしい気がする、あくまで私目線。 他のメンバーに良い感じだったよ!と言ってもらえて一安心。 「高」知県 「派」遣事業 「登」録者 ミーティン「グ」 から取って、コーハトーグです。 宮沢賢治のイーハトーヴからエッセンスを盛大にパクった名前です笑 閑話休題 その後はフロアから香川、徳島と報告が続き、休憩を挟みいざ後半は交流会へ! 今まで交流の時には複数お題を決めて、興味のある話題の所に座って下さいという形を取ってきたのですが、今回はいつもと違う面々が集まっていたからか、司会進行役だけ決めて後は好きに集まって話して下さいというラフな形式に。 そこで愛媛のピアサポさんから、コーハトーグみたいなの良いな(かなり意訳)といったお言葉を頂戴しまして、新居浜のピアサポに新しい風を発生させられたなら嬉しいし、そうで無くても思ってくれたことが嬉しくて内心小躍りしていたのはここだけの話。 県内のこれからピアサポーターをやってみようかな?と思っている人の話や、違う県のピアサポーターの活動の話を聞けて、とても充実した後半の1時間でした! 改めて、参加できて本当に良かったなと思った会になりました。 近くて遠い四国、高知から愛媛へのアクセスは香川県を経由したり、徳島へのアクセスは香川県との県境近くを通る...

新年(ピアサポーター・イオより挨拶)

あけましておめでとう御座います。 このブログもあと数ヶ月で3年目となります。 活動やピアサポーターの日常など色々を場所を選ばずお伝えできる場として、今年も運営していく方針です。 本年もどうぞよろしくお願いします。

ピアサポーター・イオ(活動報告兼コラム)

  リカバリーカレッジ高知秋講座 2025/11/29の話2 腰やっちまったい、設営から離脱…まで書いたんだっけ。 その後はお久しぶりのゆっこさーん!!!zoomでは話してたけど、実際に会うのは半年ぶり?嬉しい。 トークセッションの内容もまきまきとtomoさんと最終詰め詰め、ギリギリまでやってた。 後に聞くのだが、まきまき目線では1年前とは私が全然違った様だ。 受付始まってて、見知った顔も知らない顔も、私が呼び込みした人も来てくれた、ありがたい。 スタッフと受講生で名札ストラップの色を変えているのだけど、私がスタッフカラーであの人が受講生カラーだと!レア!な人も来てくれてた。 コアメンバーのファシリ担当がどの島に座るかは決めてなかったので、私は人数が一番少ない所に座っておいた。 今まではガイダンスの後にチェックインをやっていたのだが、過去の受講生での経験としてガイダンス説明中(今一緒に座ってる人達は誰なんだろう…)と思っていた記憶から提案して、先にチェックインをやることになった。 1、チェックイン 2、ガイダンス 3、トークセッション 4、グループトーク この順番で適宜休憩を挟んでやってました。 自分で座っといてなんだけど、知り合いばかりの席だ…いや良いんだけど安心するし。 人数少ない+慣れてる=時間が余る 少人数チェックインの時にありがちな事が起きた、でも焦らないこういうのもアリ。 成長したなぁ自分。 お互いの共通話題を見つけつつ、つつがなく進行。 そしてそのままガイダンスへ…腰が痛え…どうしよう、うーん… 書いておこう。 A4の紙を1枚使わせてもらって [コシイタメ中] と書いた看板(ペラ1)を置く。 これで逐一説明する必要も無いだろう!あとガイダンス聞きながら腰伸ばしてても変に思われないだろう!実際みんな看板見ると笑いながら心配してくれてた笑 この看板は講座中ずっと私の前に置かれる事になる。 下田さんとtomoさんによるガイダンス、ガイダンス聞くとリカバリーカレッジ始まったなぁ…!という気持ちになる、ちょっと遅いんよ。 私は腰痛くて中座したりしながらも、2人の安定感のあるガイダンスが終了、途中で来た方が居たので休憩時間にチェックインしてもらって、さあトークセッションだ。 看板と共に移動する私() なんかふわふわしてた、なので何話したか正直あんまり覚えて...

ピアサポーター・イオ(活動報告兼コラム)

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今回のチラシに使った写真、丁度今頃の時期。 リカバリーカレッジ高知秋講座 2025/11/29の話1 昨年度からコアメンバーとして入り自分の活動の基軸の一つとしているリカバリーカレッジ高知(以下RC高知)、今年度初の講座を無事終えられました。参加して下さった方々有難う御座いました。 という訳で色々当日までのこと。 今年度ははらっぱフェスでのヒューマンライブラリーが始まり、しばらくリカバリーカレッジに手がまわりませんでした。 でもやるよ!と言っていたし、何より私がやりたかったしと、まきまきに「そろそろリカバリーカレッジやりません?」と言ったのが数ヶ月前。 昨年度RC高知存続の危機にコア入りしてくれたtomoさん、リカバリーカレッジおおたのメンバーとして昨年のRC文化祭でお会いした今年度から県大で教員をやられているせいけさんも新しく加わって、心機一転!する感じでもないのがRC高知の良い所、マイペース。 7月に初めてのミーティングがあり顔合わせと今年度の概要を決めた、イオは大々的に暗躍する事に決めた(哲学) 昨年度までみっちりだったし(1講座につき4日開催は全国のRCから見てもかなり稀)それをやるには時間もマンパワーも足りてないしって事で、今年度は単発を数回やりましょう…という事で決定、実は提案自体は文化祭の頃にまきまきにはしてた。 無理しちゃあかん。 ミーティングもゆったり月一、薬の影響で前回話した事ほぼ覚えてない事もしばしば。 それでもなんとか乗っていってなんでだったか私はチラシ制作を引き受けた、無鉄砲である、デジャヴ。 そういった経緯で使ったのが最初の写真である。 内々の話はこの辺にして当日の話。 学生ボランティアに1回生が!?素晴らしい!と心の中で絶賛しながらタイムスケジュールなどの確認の時間、あー!リカバリーカレッジだ!!!ふぉぉー!!と静かにテンションが上がっていた私。 設営どうしやしょー、車椅子ユーザーさんは今回はお申込みなさそうだけど動線は確保したいよね、車椅子の幅を考えると立位で歩いてる人もすれ違いやすいよねなどと思いながら机を横に動かした時に、腰にピキリと痛みが。 あれこれはなんか昔運動不足で来た腰の痛みと違うぞあれ、と設営から離脱させてもらって他の事してた。 まだ本編に入ってないのに今日はここまで。

ピアサポーター・イオ(コラム)

10月は祖母の命日があった。 庭の金木犀が咲くと思い出すあの1週間。 99で大往生だった祖母、私は折り合いが悪くて老人ホームに入ってからは一度も顔を合わせた事は無かったけど、祖母の訃報が出た時は、イオ家の親戚が何人か日替わりで来てた。 その1週間は喪服暑い!となるくらい快晴で、滅多に満開にならない金木犀と銀木犀がどちらも満開だった。 まだピアサポの研修を受ける前、ピアサポという言葉を知った前後?くらいで、治療はうまくいってるけどあと1歩2歩進みたいと思っていた頃。 従兄来た、当時で25年ぶりくらいに会った、一番歳の近い従兄、誰やねんこいつと思うくらい印象変わってた。 色々あったらしい、若い時の写真見せてもらったらピアスバッチバチに開いてた。 まだ「一般常識」の中にいたので少しびっくりした、が、こんだけ開いてて良いなら一個くらい開けるか…とそれまで迷っていたのを実行する決意をもらった。 従姉来た、祖父母から同じ血を継いでる人って不思議と兄妹より似たりする。 やっぱ一部私と似た顔をしている人が何人かいた、髪を短くしてたり、染めてたり。 短い髪型はあんまり似合わないのではと思う美容師に当たりまくり、肩までしか切れなかった。 黒髪以外が似合う気がしなかった。 似た顔をしている人たちにショートもカラーも似合っている…それやりたい、切って染める決意を勝手にもらった。 私は父譲りで、少し人の好き嫌いがハッキリしてる所がある。 親戚と言えど他人は他人、苦手な人もいる。 そんな人達相手に1週間、迎える側で少し頑張った。その数年前(多分心療内科受診した年)は今では大好きな伯母が1人で泊まりに来ただけでも、何かのキッカケで過呼吸起こしたりして部屋から出られなかったのが、凄い変わりようだったと思う。 でもそれで葬儀も終わって、落ち着いたら私のターン! ショッピングモールにオシャレな美容室入ってんな…ここ行きたいここ、髪切る!染める! ピアッシングは医療行為で、自前でやるなら本人が開けないと違法…ほうほう…よーしニードル買ってみよー! あの1週間、大変だったけど、普段会わない人達と代わる代わる会えたのは良い刺激になったと今なら思う。 それから更に1週間で見た目激変しました。 イオの原型が出来上がりです。 これがあったから、研修を受ける自信もついたのかもしれない。3年前の話。

ピアサポーター・イオ

 『中土佐町から何かできれば』イオの本の話と、きょうだいの話。 今年の5月から高知県立大学の永国寺キャンパスで行われている 「永国寺はらっぱフェス」の中のヒューマンライブラリーに本やサポートとして関わらせて貰ってる。 2月にプレ開催があって、その時には関わっていたので、私の今年の活動の一つの軸。 という事で、私のヒューマンライブラリーの本の話。 前置き:本と言っても製本する訳では無く、色んな経験の当事者が"生きている本"として、読者と称する少数の聴者に向けて語り、感想や質問などに答える対話を行うのが基本、元々の理念が普段は接する事のない精神的困難当事者と話して偏見を溶かす事が目的だったりするので。 さてでは本題、要は 語る人=本 語る経験=本の内容 な訳ですが、私の本の内容は今の所2つ。 人それぞれ色んな経験をしているので、どの経験を語るかで内容は変わります。 私の1冊目の内容は「ひきこもりから、なんか色々語れる人への変化」 2冊目の内容は「家族に対しての想い」 2冊目は家族事でアホみたいにしんどい想いをした後に、経緯をまとめてたら草案が生まれた物、なので私の人生の非常にパーソナルな部分が出ている(気がする) 先日、実際に読者に話す前に、気心知れてる相手に聞いてもらう編集会議も兼ねている本読み会で話させて貰った。 元は6000字超えの前後編を、なんとか4000字超まで削った、個人的名称"簡略版" 文章はここで途切れていた。 8月に途中まで書いて放置されてました、何が書きたかったのか思い出せないので、2025/10/26新しく書く。 元々あんまり人生の岐路とか大事な場面では関わってなかった下の兄の事は、簡略する前から記述が少なかったんだが、その後当日を迎えるにあたって更に縮小した簡略版からは下の兄に関する記述をほぼ消した。 当日は対話の時間があるので、下の兄の事が気になったら聞かれるだろうと思って残り少ない部分も消した。 結果聞かれる事は無かったけどw そうそう、本読み会の時も多分あんまり聞かれなかった。 私から見た母の事、私から見た上の兄の事、私から見た父の事、自分の内面の事、色々詳細に思い出して書いて尚、あんまり覚えがない下の兄。 きっとこれから読んでいく本は簡略版のみなので、下の兄の事を少しここに書いておこう。 彼は私の1...

「私たちから見た世界」に聴講者として参加した、私の話(ピアサポーター・イオ)

2025/07/13 りぐらっぷとセカンドストーリーさんの共催企画、「私たちから見た世界」にお話を聞きに行ってきました。 登壇者は(当日の並びの左から順に)ピアサポ仲間のRMSさん、tomoさん セカンドストーリーの代表の山中しのぶさん 山中さんとテレビ番組での共演を機に交流を持ったという、はるばる大阪から来てくださった河合翔さんの4名。 それぞれ抱えているもの(障害やトラウマなど)も、それらとの付き合いのタイミングやキッカケも違った4名のクロストークが聞けました。 ----------------------------------- (以降、少し時間が経ってから続きを書いたので文章の書き方が変わってます😅) その中に、聴講者として参加した私はある不安を感じていた、福祉系のテレビを見る時、私は字幕を読んでいる事が多い、聞き取りに問題があるのだ。 まだ自己診断の範囲だが、私はAPD(聴覚情報処理障害)という障害を抱えている可能性がある。 "聞こえているのに聞き取れない"と表現されることもあるAPD、実際自分もそんな感じで聴力自体には問題は無いのだが、耳から入ってきた情報の処理や取捨選択がとても苦手。 ワイワイガヤガヤとしている場所で特定の人物の声だけを拾うのが難しかったり、拾えても信じられない様な聞き間違いをしてしまって軽いトラウマ(今でもたまに夢に見る)を抱えていたり、言葉のイントネーションが少し変わるだけでも正しく脳内で変換する事が出来なくなったりする。 と、前置きが長くなったが、では何故それで不安に思っていたのか、それは河合さんが脳性マヒの当事者さんだったからである。 福祉系の番組で、私が特に字幕を注視している時間は脳性マヒ当事者の方が話している時。 自分の体の動きの制御や調整が難しい脳性マヒの方の話し方は、イントネーションや発語が独特になりやすく、私には物凄く聞き取りづらい。 今回もそうなるのでは…と思ったら、不安が的中、何を仰ってるのかほとんどわからない。 でも途中まではなんとか聞き取れた(であろう)部分をメモに書き起こして、文章として受け取っていたのだが、元々聞きながら書き起こすのも難しい自分の脳にめちゃくちゃ負担がかかっていて、そのうち頭で考えるだけにしていたら頭痛がしてきて一旦会場を出た。 少し休んでいたら休憩タイムに入り、りぐ...

ピアサポーター・イオ

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クライシス中に咲いた庭の桜 このブログの管理などに入って、初めてのドーンとしたクライシスにぶち当たっていました。 クライシスとは:WRAP(元気回復行動プラン)における、他人の助けが必要になる様な精神の危機的状況の事 何かしらの「引き金」が有って、注意サインが出る状態、深刻な状態を果て、クライシスに入る時などと 大きな「引き金」があってそのままクライシスに入る時など色々がありますが、まさしく今回はこの大きな「引き金」からそのままクライシスパターンでした。 私はうつ病持ちかつ環境の変化などに物凄く敏感なので、ちょっとした事が「引き金」になるのですが、今回は大きすぎる、マンガで育ち盛りの高校生が持ってくる爆弾おにぎりくらい大きなものでした。 しかし今回はかなり自分の成長を感じています。 それが有ってから2週間と少し、もうクライシスと言うほどはダウンしていない。 きっと3年前の自分だったら今ほど回復していないし、向き合うことも全力で避けていたかと思う。 ではどうしていたのか、客観的に考えてみよう。 4月2日、引き金にぶち当たる 3日〜7日、深刻なクライシスに陥る 5日〜7日、その時に浮かんだ言葉をSNSに吐き出す 8日、お世話になってる社協さんに訪問面談のお願いを出す 16日、引き金になった出来事に向き合い、ほんの少しだけ解決 2日以降のどこからか〜現在(20日)、明らかな身体症状が出る この間に何をしていたか、それは会話。 私のクライシス中の頭の中は色んなものでごっちゃごちゃ、眠る時に無音にしたら泣き出してしまうほどごっちゃごちゃ、何も考えたくないからとにかく動画をエンドレスに点けていた。 それでも自分の頭の中が整理される事はないので、色んな人と会話の時間を持たせてもらった。 父、友達、社協の職員さん、ピア、色んな人に聞いてもらって、それ以外の時間は考えなくて良い様に引き金に関係のない雑談をさせてもらった。 どうしようも無い状態の私に寄り添ってくれる人々が、ありがたい事に、この2年近くの活動で繋がってとても増えたのだと物凄く物凄く実感した。 お陰で頭の中は少しずつ整理されていき、気分の波はあるものの、向き合う事で進んでいく事、敢えて向き合うのを避ける事で自分の心を守る事の大事さを学んだ。 生きていく事、それだけでも学びがあるのだと感じた。 つくづくピアサポーター研修を受...

ピアサポーター・イオ

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 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅3-2と締めの文。 前提として、イオは以下略 飛行機に乗る少し前、まきまきが今疲れを感じた!といった様な事を仰った。 それを聞いて、普段のRCでも時間を見つけては準備から一生懸命に取り組み、実施の数日もニコニコ笑顔だけどきっと必死でやり遂げ、全日程終わった段階で、疲れたー!!と感じているのかなと私は思った。 帰りの飛行機の中でも色んな事を話して、3日間一緒に行動させてもらって、ほんの少しだけまきまきの深いところを知れた気がした。去年まではRC実施者と参加者、今年からはコアメンバーとしての関係だったけど、改めてちゃんと?ピアになりたいなぁと感じた。 話していたら飛行機が着陸、飛行機から出る前まで話していた記憶。 中土佐が企画して実現した、龍馬空港の荷物受け取りレーンの巨大タタキの模型は見れんかった、多分レーン改修中だった為。ちょっと残念。 父と合流、まきまきと帰ってきたぞー!な写真を撮ってもらう、最後まで楽しい。 まきまきと解散して父の運転で帰る道中、頭がほわーんとしてた、イッツ夢見心地。身体は疲れ切ってたけど、本当にあの時手を挙げて良かったなぁとしみじみ。 ここから余談 私が住んでいる中土佐から空港までは遠く、車で1時間以上かかる。なのでその周辺には滅多に行かないが、父が見たい景色があると海沿いの道を通って帰った。 その景色がこれである 美しい…そして本当に島が無いな(瀬戸内の友人が、高知で海を見たら島が無い!と感動していた事があった)と、父に話したら「見えてないだけでアメリカがこの先に…」そうじゃない、そうじゃないよパパん。我が家はこういう事実と冗談を組み合わせた事を言う家庭です。 閑話休題。 その後無事帰りつき、今回の私の東京旅は幕を閉じました。 全編更新に20日ほどかかった今回の番外編、いかがでしたでしょうか? 個人のfacebookでも書いたのですが、文化祭後からしばらく頭の中から文章が溢れ出て止まらなくなったので、書き始めたのがこの番外編連載のキッカケでした。 今は少し落ち着いてきて文章の溢れ出しは止まってきているけど、毎日何かを考えてる状態で少し頭が重いですが、それだけまた何か私の中で色々な事が変わってきているのかな?と良い方向に考えてます。 来年度もリカバリーカレ...

ピアサポーター・イオ

 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅3-1 前提として、イオは以下略 前日遅刻した反省を活かし、ホテルに戻ってからは朝すぐに出られる様に準備して就寝。 6時間ほど寝られて、朝6時半起床。 まきまきとのロビーでの待ち合わせまではまだ時間ある、昨日一昨日の事を色々思い出しながらコラム文を書き始めたのはこの辺だった様な。 色々あったなぁ、今日で東京ともまたオサラバかぁ…などと干渉に浸る事もなく、朝から何かにびっくりしたりなんかしたりしてた、この事は後に書くかもしれないし、書かないかもしれない。 さてそろそろ待ち合わせの時間だ、忘れ物は無…寝巻きのパーカー入れるの忘れてるじゃないか…やや無理矢理詰める。 待ち合わせ時間の10分前にはロビーに着いた、まきまきはいない、待とう。 待ち合わせ時間にLINEきた、今度はまきまきが遅刻、散歩していたらしい…パワフルだなぁ、私なんてヘトヘトでもう必要外で歩きたくないでござるよ、と思いながら待つ。 5分遅れくらいだったので、なんのなんのとお互い様で御座いますと、先にチェックアウトを済ませて大きい荷物はロビーに預け、とある方との話合いに出発。 これも元々の予定に入っていた事、だがマジで足が棒。あと頭寒い、帽子… 少しふらついていたので電車の揺れに振られまくる、優先席空いた…座らせてもらう、出先ではヘルプマークつけた方が良いのかなぁ心身不安で身体に力入らない時あるし…なども考えながら、立ちで余裕の表情のまきまきに尊敬の念を覚える。 着いた、話合いのお相手さん居らはった。話合い開始。 RC高知が今これこれこういう状況で、続けていけるかの岐路にある、どう思います?とアドバイスじゃないけど考えを聞いた。 雑談も交えて2時間以上話して、やっぱり形態変えても続けていきたいし、続けていける可能性が少し見えた!という所で話合いは終了。 これも良い時間だった。 さあさ、羽田に向かう時間である、雑談楽しくなっちゃって結構ギリギリめになった。 電車でホテルまで戻り、預け荷物を受け取って、羽田空港へ。 荷物が重いいいいい。 この3日間で腕の疲労はピークに、高知に帰ったら大きめのリュックサックを買う事を決心するイオ。 まきまきが各所にお土産を買う、いつ渡せるかわからないイオは買わない、週末の忘年会で渡せば良かった...

ピアサポーター・イオ

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 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅2-4 前提として、イオは物を失くしたり忘れたり以下略 ヒューマンライブラリーの会場になってた部屋が、文化祭の締めの部屋にもなっていたので続々と集まる他の講座の運営・参加者さん達。 その中でイオが何をしてたか、それは作家名刺配りである。アクセサリー渡した人には作家名刺を渡す様にしてるのに、忘れてた! とりあえず人数分手に取って、あの方どこだー!と見つけては改めてご挨拶しながら名刺を渡してた。 その時突然のぞみんさんから声をかけられた 「各講座から1人1分くらい発表やるらしいんだけど、やってくれない?」 「やります」 無鉄砲なのかはわからん、だが緊張から解放されてた私は無敵だった。返事食い気味だった気がする。 順番回ってきた、いざ人数を見ると緊張するものである。考えている時間も無かったので、ほぼ自分の感想になっていた様な。 それでも頼まれて引き受けてから10分も無く100人前後の前で1人で1分話す、1年半前の私ではとてもじゃないが考えられない事をした。 100人前後を前に内心バックバクだったイオ うっかり左手が後ろにいってる。 話終わって定位置に戻った時の私はまさしく ○|‾‾‾|_ これ。 もしくは orz これ。 一人当たりスペース狭かったから後者が近い気が(無駄にディテールにこだわる) その後、周辺の人と感想とか共有してみる時間があり、うっかり今日が初対面の方々だらけのメンバーさんの中に紛れ込むイオ。 私は気づいたら人の懐にいる様子。 リカバリーストーリーとヒューマンライブラリーの違いについて、違わないという意見もあり理由を聞いたらそれもそうだなと思いつつ、私の考える違いはこう!と話し、短い時間だったけど人によって考え方・物事の捉え方は違うんだなという学びを改めて得られる時間になった。 今回の東京での開催の陣頭指揮をとってくれたRCおおたの山田悠平さん(ゆうへいさん)からの言葉と、同じくおおたのせいけさんから業務連絡?的な言葉があり(この辺疲れてて記憶あやふや)文化祭は無事終了。 原状復帰を手伝おうかと思ったが、すっかりヘトヘトかつ元々筋力ない人間に持てる重さじゃなかった…ので、場にいるだけで過ごさせていただいた。 一般参加の皆さんがお帰りになって、運営メンバーそれぞれから...

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 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅2-3 前提として、イオは物を失くしたり忘れたり以下略 受付時間始まって、同意書に記入したら、あらすじ紹介の中から読みたい本の付箋を取ってもらい本のいる所に座る。それが今回の着席の流れ。 皆さんも読む機会があるかもしれないので内容は伏せるが、他のお二人の話は打ち合わせの段階で聞いていたものの、直接の読者としても改めて聞いてみたいな…!と思うあらすじと内容。 あらすじ貼ってるホワイトボードが目の前だったので、各本への誘導をほんのりするイオ。 内心はバックバクである。 受付もほぼ終わり、司書せっちゃんによる"ヒューマンライブラリーの起こり"と"何故やるのか"についての説明がある、あのパワポとセリフ借りたいと本気で思うくらいわかり易い。 しかし緊張しすぎて飲食禁止部屋なのを忘れるイオ、喉カラカラでお茶を飲む。すみません工科大さん… 説明も終わっていよいよ本の本番です、語りました。内容は…どこかでまたお話しした時か、今と違う本にしたくなった時に掲載しようかな。と思うのでここでは書きませぬ。 どのタイミングで撮影されていたのか 緊張しすぎて不明な「語るイオ」 質疑応答&感想タイム、私の聞き取りに難があるせいで皆さんに近づいてもらう痛恨のミス!(椅子並べたの自分) でもそれを笑って流してくれる良い人達だった。 色んな質問をされた気がする、引きこもっていた頃の心情の事("みんな"が頑張っている時に自分は出来ていない罪悪感の話をした)、ひきこもっていた頃の行動の事( ケーキ屋事件 を話した)どうやって人に慣れていったのかの事(SNSで繋がりを増やした事、服屋での大激変を話した)など。 ほぼNG無し本なのでどんな質問にも答える、でも言われてみれば自分でもそこ深掘りした事無かったね?な所を質問されて、自分でも改めて考える時間になった、有難い。 色んな感想も貰った、褒める言葉は忘れないイオ() ・自分の出来なさを分析して次に繋げている=賢い人なのかなと思った。(意訳) 初めて言われました賢い、嬉しい。ただ昔からこういう性格だから、あまり実感はない、でも自己肯定感上げてこ☆ ・自分のモデルケースにしたいと思った(意訳) マジデスカ?去年のピア...

ピアサポーター・イオ(コラム)

 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅2-2 前提として、イオは物を失くしたり忘れたり以下略 さて会場のバトンタッチの時間が来た、午前と午後で使える部屋が3つだったので、午前の講座が終わるのと入れ替わりに我々午後の講座が入る。 ヒューマンライブラリー(以下HL)に割り当てられた部屋は2-1でも書いた土足禁止の部屋、大手を振って靴を脱げるので足もと快適。 しかも確か3つの会場の中で一番広い。 本は3冊だが、これだけ広ければ他の声に"聞こえ"を遮られる事も無いだろうという安心感もあった(聞こえているのに聞き取れないAPDの気があります) 今回のHLがどんなものかを説明する資料をクリアファイルに入れて、バインダーに挟み、その場に居る全員に記念?として配布される缶バッジを入れる作業を、同じく本として参加しているユタカさんと一緒に手伝う。 いつも通り一心不乱にやっていたら、ユタカさんが 「なんかコレおかしい」 と気づいた缶バッジ、表面の印刷部分が上手くプレスされて無い物があった、気づかんかった!やはり1人でやるより複数でやった方が気づいてくれる人が誰居るから良いなぁと思いながら、それを一旦袋から外して作業再開。割と早く終わった。 HLでは、話者である本も、聴者である読者も 「同意書」 に同意する必要がある。 ふんふん、と文書の確認をしていたら、先程の上手くプレスされてない缶バッジの話(余った分はメンバー用だった)になり、その辺りは配布分からは外しましたよと言った私はドヤ顔だったかもしれない。手作りならそういうエラー品も仕方ない。 同意書に署名していたら、メディア(福祉新聞とか読売新聞が来てた)のカメラ撮影についての確認もされた、みんな顔写っても良い?の問いかけに イオ 「私は大丈夫でーす」 ゆうこりん 「私も大丈夫ー」 ユタカさん 「僕も大丈夫ー」 なんかカッコいいなみんな、と、言われた気がする。 本には司書がつく、質問&感想タイムでの進行役もあるが、本によって話せる事、話せない事は違う、話せない時に断れるかも違う、話せない質問が飛んできた時など、本である本人に代わって断ってくれるのも司書の役割の一つの様。あと本の体調が悪くなった時の読者への対応とか。 私は 「人生97%NG無し」 を謳っているのと、割と...

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  『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅2-1 前提として、イオは物を失くしたり忘れたり以下略 深夜0時、珍しく大きく移動して疲れすぎて眠れないイオ。 それでもなんとか入眠。 起きた、暗い、4:30。 …エネルギー付けるのも考えて何か食べて寝ようと、近くのコンビニへ。 買い込んでホテルに戻り、( '༥'  )ŧ‹”ŧ‹”タイム。 したら寝てた。 そして朝、LINE通話の音で目覚めた。 8:10に合流の予定、今8:13… 寝坊したー!!!!!!!!!! 急いで着替えてロビーへ、まきまきと合流した のも束の間スマホ忘れたー!!!!!!!!! 急いで戻ってスマホを取って再度ロビーへ 笑って許してくれるまきまきの懐の広さよ… 予定より10分以上遅れて出発、いや本当申し訳なかった。 と、その道中で気づいた、帽子がない。 いつからだろう、帽子が無い。 …まあそういう別れのタイミングだったんでしょう!と最近どっかで聞いたような事を言って悩まない事にした。(これは高知帰ってから探す事になる) 会場になっていた東京工科大学さん 旧東京工業大学(現:東京科学大学)と よく間違われるらしい。 大学に着いたらもう皆さん準備に入ってる、いやはや本当申し訳orz と謝るのはここまでにして、私は午後の講座担当だからどこか手伝える所はありますか!と、うろうろ。 受付の動線整理?したり、なんかちょこちょこ手の足りない所のお手伝い。 そして文化祭が開幕した、オープニングでは各カレッジの紹介を1分ほどでやった。 大学に向かう途中、まきまきから「話す事決めてなかった!」と言われ、私も案を少し出しながらまとめて下さって、練習の後本番へ。 カレッジ紹介をする2人。 RC高知のイオです! まきまきです! 次はまきまきが読む部分である、だが一瞬静寂が流れる。 …自己紹介から続けて話すのは大変そうだ、次 は自己紹介の順番変えましょう 。 私が企画立案から微妙な全体ファシリまでをやった 「安心に関心を持とうYO」のタイトルを片手の振り付きで言ったら少し笑っていただけた。 そそくさと戻る二人、本来の戻る方向と真逆に言ってしまう二人。 RC高知は(良い意味で!)行き当たりばったりの人が多いです…良い意味で! 午前の講座の準備があるまきまきとは、ここで一旦解散、...

ピアサポーター・イオ(コラム)

  「ひきこもっていた時の、努力と挫折と対策の話」 この出来事たちを書こうと思った理由の話、編。   近所を散歩してみようと家から出て、知っている道と一本間違えた道に進んでしまって迷子になったり、何が原因か父と喧嘩して、私にだって少しくらい出来る!!!とブチ切れて深夜にローソンに行ったり、ひきこもっている間にも1人で外に出る事は何度もあった。 この出来事たちの事を、私はずっと"ただの挫折経験"としか思っていなかった。 消化も昇華もしきれない思い出だった。 2024年12月8日、リカバリーカレッジ文化祭in東京 そこで私は「ヒューマンライブラリー」という講座に本(話者)として参加した。ひきこもっていた人生を語った。 質疑応答&感想を読者(聴者)から聞き答える時間で、私は「父へのプレゼント?の話」の事を簡潔に話した。 そしたら読者の方から意外な言葉をもらう「賢い人なのかな?と思いました」と。 なぜ!?と聞いてみると ・ケーキを買うのに店員に対面で話しかけられない ・SNSなどの非対面でのやり取りで人に慣れていった この2点の様な部分から、自分の出来ない事を、自ら分析して、変えていく事が出来ているのかなイコール賢い人なのかな、と。 私の記憶がおぼろげなせいか、かなり話を盛りに盛っている気がするが。 閑話休題。 私にとっては"ただの挫折経験"だった事が、人から見たらその経験をもとにして、自分なりに変えていっている様に見えるのか!と目から鱗。 おかげで"ただの挫折経験"の数々が、今の自分を形作る物になっていたのかなと消化も昇華もできる様になった。 なので書いてみた、誰かの気づきとか何かになるかもしれないし。 私の話を誰かが聞いて、その誰かが何かを思ってくれれば嬉しいのです。 おわり

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 「ひきこもっていた時の、努力と挫折と対策の話」 バスに乗るの話、編。 ※人によってはとてもしんどい言葉も出てくる話です、懸念のある方はブラウザバックもしくは 次の話(リンク) に飛んでください。 なんか度々やってた覚えはあるが、記憶に残っているのはもう一個「バスに乗る」である。 10代も後半に入った、学校の縛りは無くなった、だがやはり社会への罪悪感は拭えなかった、だから行動してみようと思った。 もう20年近く前だが、我が家はPC環境が整っていたのでバスの時刻表や料金表をネットで調べる事が出来た。最低限のお金を持って名古屋市営の「名古屋市北図書館」へと行こうとした、私にとっては前から行ってみたかった「近くてとても遠い場所」 ネットで調べたバス停まで焦りなのか何故か走って行き、数年のひきこもり生活ですっかり体力がなくなっていた私は息も絶え絶えにバス停に着いた、止まっていたバスに表示されていた地名は私が乗る予定のバスと一緒だった。 私は慌ててそのバスに乗り込み、次の降車場の名を聞いて絶望する事になる、逆方向に乗ってしまったと気がついたせいだ。 ニュースや父から聞く社会常識は身についていたが、実体験や学校での学習経験がないとわからない社会常識は、全くと言っていいほど身についてなかった私には、同じ地名や場所の名前を表示しながら逆方向に進むバスがある事は全くの予想外だった。 行き帰りのバス代しか持っていなかった私は、すぐ一駅で降り、戻ってくるバスを1時間近く待った。 泣いた、死ぬほど泣いた、また出来なかった、またしてももっと小さい子でも出来て知ってそうな事を知らずに出来なかった。 吹きさらしのバス停で、目の前のファミリーレストランを見ながら絶望と空腹だけを感じていた。 戻ってきたバスに乗った、本来なら多分これに乗れば図書館へ行けたのだろうと思っていた、運転手さんが怪訝そうな顔で私を見ていた気がする。 最初乗ってきたバス停に着いた、とぼとぼと歩き家に着いた、泣きはらした。自分には何もできない、何も、何も、生きてる意味がわからなくなった。○んだ方がいいんじゃないか?父にも迷惑をかけて金をかけさせてるだけだ。 そこあたりからほんのりとした自○願望に2〜3年ほど付きまとわれる様になった。 そんな状態で過ごしていたある日、近所にミニストップ(コンビニ)が出来た、容易に行ける範囲...

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 「ひきこもっていた時の、努力と挫折と対策の話」 父への誕生日プレゼント?の話、編。 愛知県名古屋市で生まれ育ち、小学5年生11歳(4/2生まれなので進級とともに年齢が上がる)の時に不登校とひきこもりを開始した私。5年生以降も小学生のうちは学童保育には行っていたけど、休んでるのに学童保育にだけ来てると思われるの嫌だな…と、そっちも休みがちに。勉強嫌いな子も学校通っているのに、喘息もあるとは言えそれ以外の日もズル休み(と当時は思ってた、後に鬱と診断)の私が外に出ている事を知られたく無かった。 だけど、社会に馴染もうという努力はしていた記憶がある。 何歳の時だろう、父が誕生日だ!と、近所のスーパーの中のケーキ屋に買いに行った。 どうしよう、店員さんに声をかける事が出来ない、怖い。 元々ひどい人見知りだったのが、年齢を経て対人恐怖のレベルになっていたらしい。 少し遠巻きからケーキ屋を見つめながら、どうやったら声をかけられるのかを考えるも、恐怖が勝って自分を責める言葉しか浮かんでこない。 はじめ◯のおつかいを当時から観ているが、3〜4歳の子達さえできる事が出来ない自分を責める事しか出来なかった。 泣けてきてしまった、うずくまって泣く私。そんな状態になっていたのをケーキ屋さんの店員さんが気にしてくれてるのが見えた。 ひょっとしたら声をかけてくれるかもしれない!という打算的な考えが浮かんで、余計に情けなくなった。お前(私)はまた他人に頼るのか。 結局実際声を掛けてくださって、ケーキを買えたけど声は全然出なかった、感謝の言葉すら伝えられなかった。 泣きながら家に帰った、帰り着いたら涙が止まらなくなった。 ケーキは美味しかったけど苦い思い出どころか、適応障害を自ら悪化させてた気しかしない挫折の思い出になってた。 次の行動に出るまで1年かかった、ケーキ屋はだめだ、店員さんに声をかける必要がある。ならば声を掛けない買い物なら出来るのではないだろうか?と思った、父の好物はチーズだ、いつもは買わないちょっと高いチーズを買いに行こう、同じスーパーに。 レジを通す時はビクビクバクバクだったが買えた、前回は1時間かかったのが数分で買えた!その日は泣く事は無かった。 つづく(リンクになってます)

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 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅1-3 前提として、イオは物を失くしたり忘れたりする事が多い。 蒲田駅から前日までに必死で調べていた電車に乗り品川駅へ。 中央改札を出ると大きい時計が見えると兄から教えられていたが、注意欠陥のせいか見当たらない、見当たらない。 周りをぐるぐる、時計あった!兄はどこだ! 中央改札を出て2分近く迷っていた気がする。 居た、居たよ、話しかけたらなんかラグがあったから、きっとピンク髪にびっくりしていたのはここのタイミングなのだろう。 5年ぶりに会いました、10以上離れている兄です、昔は怖くも見える顔だったけれど、やはり少し優しい顔になってる。 イオ家はせわしないので、合流してすぐ動く。 事前に言われていた通り駅ビルの中のハンバーグ屋へ、名前は「つばめグリル」。 これが!あの!イオの趣味の一つはクイズであり、たまたまその関係で今年に入って知った店。 しかし東京の土曜の夜、想定していた以上に激混み、カウンター席なら…との声掛けにもさすがにゆっくり食べられないと後送りにしてもらったら、数十分待った。 待ち時間で近況やら親戚の状況やら話題の7割は終わった。 いよいよボックス席?へ案内されてメニューを見る、やばいな…定番はビーフシチュー掛け、横にはデミグラス掛け、ほんのり偏食の気がある私が苦手な組み合わせである、結果和風大根おろしにした。 色々文章では話せない話もした、アレやコレやソレなど。 頼んだもの来た…このハンバーグの横にある大きな丸いものはなんですか?拳大くらいあるふかしたジャガイモが丸々一個乗っていた。美味しいけど豪快やな… ハンバーグ、美味しい、タレ、美味しい、わさび菜、美味しい、ジャガイモ、美味しいけどお腹にくる…。 何の気無しにご飯かパンかでパンにしてた、3枚分くらいの、切れ目を入れたバゲットがパリパリで美味しいけど堅い、顎がやられそう。 根性と勿体無い精神で完食した。 写真撮ろうぜと言ったが場所が悪い、駅に着いてからにしようとなった。 イオ家はせわしない、2人とも食べ終わったらすぐお会計、東京の物価にビビる。 しっかり帰りも何に乗れば良いか調べてきて、それであってるよね?と確認し、改札で解散した。 行く方向違うと指示を出された、時に気づいた、写真撮り忘れた…。 正味2時間もない...

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 『中土佐町からなにか出来れば』番外編 イオ、リカバリーカレッジ文化祭in東京の旅1-2 前提として、イオは物を失くしたり忘れたりする事が多い。 電車に乗り、早めにチェックインできるかなーまだ預かりかなーと思いつつ、降車してホテルに到着。 何故かまきまきが慌てている 「時間間違えてた!」 どうやらこの時刻だと荷物預けて今から電車だと勉強会に遅刻するらしい、ごめんなさいまきまき、イオ全然調べてませんでした(´ω`;) という事でタクシーを拾う、たまたますぐ空車が見つかった! そのタクシーの運転手さんも面白かった 少額の端数は「良いよ良いよと断って、カミさんに怒られる」 自分が乗った時はお釣りを「良いよ良いよと断って、カミさんに怒られる」 名前表示も無かったし、個タクならそりゃそうやろなぁ…と思いながら、他の話もして3人大笑いの道中だった。 数分遅れて勉強会に到着、簡単な名前とカレッジの自己紹介中、タイミング的にオーラスになってしまった() でもこれまでオンラインでしか存在を知らなかった方々がリアルに居る!わーい!嬉しい! 今回運営に協力してくれる学生ボランティアさんにいつも通り話しかけるまきまき、フレンドリー過ぎです(褒めてる) 同じテーブルに私が参加するヒューマンライブラリーのメンバーの方々が居た、背後のテーブルにもメンバーの方々が居た、所属カレッジ毎に座ってたはずがヒューマンライブラリー担当メンバーが全員付近に集まってた、たまたまなのかそうでないのかは遅刻していったので謎。 カレッジ紹介を順番にしていった、高知勢、時間管理出来ない、話したい事多い、大幅に時間を使ってしまって申し訳ない( ̄▽ ̄;)けどなんだかそれも笑って済ませてしまってくれるのが、リカバリーカレッジという共通言語を持ってる人達の懐の広さだろうか。有難い。 休憩毎に挨拶をしたり、各地から集まったお土産のお菓子を貰ったり、私は相変わらずアクセサリーを持って行ってたので、出会いの記念にと学ボラさんにプレゼント。 めっちゃ喜んでくださって、明日つけて行きますね!!と言ってくれた、可愛い、嬉しい。 ほぼ予定通りの時間で勉強会が終わり、明日使う部屋の説明を受けて、どういった配置にしよう等ヒューマンライブラリー担当メンバーで打ち合わせをした、改めてこの数ヶ月密に打ち合わせをしていた人達が目の前にいる、感動...